CD No.:GZCA-5070  Release:2005年08月24日

  曲目 作詞 作曲 編曲
1. Honey, feeling for me 倉木 麻衣 大野 愛果 鎌田 真吾
2. P.SMY SUNSHINE 倉木 麻衣 岡本 仁志 岡本 仁志
3. You look at me〜one 倉木 麻衣 大賀 好修 大賀 好修
4. 駆け抜ける稲妻 倉木 麻衣 大賀 好修 大賀 好修
5. Don't leave me alone 倉木 麻衣 大賀 好修 大賀 好修
6. Love,needing 倉木 麻衣 大野 愛果 麻井 寛史
7. ダンシング 倉木 麻衣 徳永 暁人 徳永 暁人
8. Tell me what 倉木 麻衣 大野 愛果 岡本 仁志
9. LOVE SICK 倉木 麻衣 大野 愛果 大賀 好修
10. 明日へ架ける橋 倉木 麻衣 徳永 暁人 池田 大介・徳永 暁人
11. I sing a song for you 倉木 麻衣 大野 愛果 大野 愛果
12. chance for you 倉木 麻衣 大野 愛果 麻井 寛史

オリコンデータ
最高順位 3位
初動枚数108,269枚
累積枚数180,500 枚


 ファンはずいぶん長く待たされた。「If I Believe」から丸2年。間にベストアルバム「Wish You The Best」をはさむものの,“若い美人女性シンガー”としては異例の長さであろう。

 大学生とシンガーという二足の草鞋をはく倉木にとって時間のやりくりはかなり大変なことであったとは思われるが,その間数枚のシングル(一時かなり間を空けて)のリリースはあったものの,かつてのファンをつなぎとめることは難しかったようだ。デビュー以来続けてきたアルバムウィークリーチャート第1位の記録はついえ,このアルバムは初登場第3位,初動売り上げ11万枚弱という厳しい結果が現れた。全体の雰囲気もYoko Blackstoneを廃することで,R&B色を消し去り,("You look at me〜one"の編曲にのみMiguel Sa Pessoaの名が残るが)Cybersound色を封印し,前作のアメリカンポップス的な雰囲気を捨て,典型的なJapanese Popsアルバムとなっている。

 今までのアルバムにおいて,倉木は常に「メイン・テーマ」を意識し,その流れの中に各楽曲を配置してきた。「delicious way」における日本への新たなR&Bの紹介,「Perfect Crime」の歌詞における底抜けの楽天性と前向きさ,「FAIRY TALE」の少女から大人への階段を上る危うい乙女心,「If I Believe」での自己探求の旅…。こういったテーマの中で,倉木は日本を代表するコンセプチュアル・アーティストとしての地位を確立してきた。

 それでは,本作における基本コンセプトは何であろうか?

 アルバムコンセプトに関しては,倉木自身が各雑誌やラジオ出演等を通して何度も自ら語っているところであるが,CDの帯に"All 12 Story Songs"と記されているように,ストーリー性を持った曲を並べることによって,自ら経験し,考えてきた愛の姿を集大成するということになろうか。すなわち,オムニバス短編集を通じてひとつの世界を創造し,いわばバルザックの人間喜劇をも思わせるような壮大な試みである。

 ここで,一曲一曲の設定を確認してみよう。

  1. Honey, feeling for me

     テーマは「遠距離恋愛」。関東から関西への転校経験を持つ倉木にとっては,決して想像の世界の産物ではないのかもしれない。しかし設定は多少不可思議。

    「もうすぐ彼が逢いにくる」

    と歌いながら,彼女自身が

    「ぎりぎりで飛び乗るTrain」

    いったいどちらが能動的に行動しているのであろうか?

     その答は「Train」にある。

     この列車は女性が時間を気にしながら乗車していることを見ても,決して大阪環状線や東京山手線の類の都市電車ではなく,時刻表の設定を念頭に置いた長距離列車,おそらくは新幹線ということになろう。しかし,「彼が逢いにくる」のであるから彼女は彼の部屋へ行くのではない。つまり,二人はお互いの住所の中間点で落ち合うのである。そこで倉木の生活範囲からこの逢瀬の場所を推察すると,女性が大阪,男性が東京という仮説が立てられ,ということは,この二人は(のぞみ号に乗車するという前提で)名古屋でデートを楽しむということになる。

     相手の男性を「君」と呼ぶときの倉木は,いつも自立した強い女性を演じてきた。しかし,歌詞の中には彼に逢いたくて涙を流す弱い女性が登場する。不思議だなぁと思って曲を聞いていたが,検討の結果女性からも能動的に行動していることを考えれば,そこら辺りの事情も十分納得が行く。

     使われている言葉はファンタジー色が濃い。曲の雰囲気によくマッチしている。

  2. P.S MY SUNSHINE

     主人公は男性。この男性が毎朝何らかの形で出会う女性に愛情告白のラブレターを綴り,いろいろと当たり障りのないことを書いた最後に「追伸 君が好きです」と書くという曲。

     プロモーション・ビデオの印象が強いので,男性サラリーマンが毎朝お目当ての女性店員がいるコンビニを訪れるというシーンが目に浮かぶが,この手紙はしゃれた便箋ではなく「白いノート」に書かれている。このノートはルーズリーフであろうか。そこから考えると,むしろ設定としては男性は高校生か大学生。女性は“毎日出会う”同級生または同年代の学生と考えるほうが自然。

  3. You look at me〜one

     倉木自身が

    「ダンシングのカップリング曲であるが評判がいいのでアルバムに入れた」

    と語っているように,アルバムコンセプトであるストーリー性はあまり持っていない。いつもの倉木の人生応援ソング。

  4. 駆け抜ける稲妻

     ビートルズの"The Long And Winding Road"に,


    The long and winding road
    That leads to your door
    Will never disappear
    I've seen that road before
    It always leads me here
    leads me to your door.

    君のドアへと続く長く曲がりくねった道
    それは決して消えることない
    懐かしい道
    その道をたどれば 僕はいつもここへ戻ってきてしまう
    君のドアまで連れて行ってくれよ

    とあるのを思い出してしまった。

     主人公の男性はつらい失恋を経験したのであろう。その心は,あたかも目の前の光景のごとく,降り出した雨と鳴り始めた雷鳴の中ずぶ濡れになって行く。しかし,いつもの“前向き倉木ワールド”の中では,彼は決して希望を失うことはない。もう一度やり直して見せるという強い気概が感じられる。

     曲は"Fairy tale"を思わせる怪奇映画のオープニングのような呟きから始まる。タイトルをイメージさせるドラマチックな構成である。悲しい場面を歌った曲などであるが,途中で何回か繰り返される英語のコーラスの中では

    "Everything's gonna be allright."

    と歌われている。どんなときでも最後は必ず“alwaysな”倉木である。

  5. Don't leave me alone

     非常に地味な曲であり,ひょっとしたらプレイヤーのスキップボタンを押される方もいるかもしれないが,実はこの曲はこのアルバムのキーストーンともいうべき重要な曲である。

     歌詞を一読して目に付くのは「ドア」という単語。

     ドアは人と人を隔て,人と人をつなぐ。

     前曲「駆け抜ける稲妻」の中でも象徴的に使われている言葉であり,よく読むと,前曲と男女の立場が入れ替わっていることに気づく。つまり,この「Don't leave me alone」「駆け抜ける稲妻」アンサーソングでもあり,この2曲は表裏一体の存在なのである。その意味で,アルバム全体を規定するような役割を求められていると考えられる。その証拠に,

    導火線の先 私も見てる」

    と,アルバムタイトルが歌いこまれているのだ。

     相手を「あなた」と呼ぶときの倉木は,やはりいつものように“弱い女”になる。

  6. Love,needing

     曲調はアルバム全体の雰囲気から外れていないのだが,先行発売されたシングル曲であるために,アルバムのテーマである「ストーリー性」は持っていない。

     最近のJ POP界では,先行シングル数曲+アルバム曲でアルバムを構成することが常套であるが,「FAIRY TALE」「Winter Bells」に違和感を持たれる読者ならお分かりいただけると思うが,テーマ性を持ったコンセプトアルバムを作ろうとするとその弊害が感じられる。

     しかし,シングル発表時には酷評されたこともある曲であるが,こうして改めて聴いてみるとなかなかの佳曲であることに気がつく。

  7. ダンシング

     この曲も「Love,needing」と同様。やはりシングルを無理やり持ってきた感は否めない。歌詞にストーリー性もない。この曲が悪いと言うわけではないが,全体のコンセプトから考えれば,敢えてアルバムからはずすという勇気も必要だったろう。

  8. Tell me what

     いわゆるいつもの「応援ソング」。歌詞にストーリー性はない。

     使われているのは,いつものMainglish

     なんか妙なものが多いが,そこはまぁ,ご愛嬌ということで…。

     メロディはいかにも“大野節”。サビのメロディは非常にキャッチー。ライブ映えしそうな曲である。

  9. LOVE SICK

     思わず作曲者の欄に「小室哲也」の名前を探してしまった。一時期のtrf鈴木亜美が歌っていそうなムードを持った曲。倉木にとっては新しいパターンではないか?

     “携帯ソング”とでも呼べるジャンルに分類できるのかもしれないが,絵文字を使って若者風俗を巧みに表現している。

     少なくとも,倉木のケータイにはサブ画面がついていることが分かるのがファンにとっての収穫。

     Mainglishのオンパレードで,英語詞は難解であるが,

    "touch to you = I touch you"

    "hold on = I hold your hand"

    ・・・なんとなく雰囲気で理解せよということか?ただ,気になるのは

    for give me

    というフレーズ。

    forgive me

    なら,「私を許して」だが,

    for give me

    となると・・・,「というのは,私に(愛を)ください」という意味か?難解。

     しかし,曲自体は非常に分かりやすく,ヒット性を持った曲である。

  10. 明日へ架ける橋

     私はこの曲は“倉木麻衣の代表曲”のひとつであると思っている。倉木のことを紹介するワイドショーなどではいまだにBGMとして「Love, Day After Tomorrow」が流れるが,私はもうそろそろこの曲に変わってほしいと思う。

     ドラマチックな曲調,感動的な歌詞。再評価していただきたい名曲である。

  11. I sing a song for you

     「FUSE OF LOVE」のプロモーションとして,まず最初にオンエアされたのがこの曲であったことからも,倉木サイドがアルバム中の代表曲と考えていることが分かる。

     ピアノ一本で歌い上げるところは"THE ROSE"を髣髴とさせる。作曲者も同じ大野愛果。演奏も大野自身ということ。

     歌詞のストーリーは恋人を失った(亡くした)女性の悲痛な,しかし優しい心の叫び。

     JR西日本の列車事故等の悲劇を受けて書かれた詞ということ。当然フィクションであるはずなのだが,なかなかのリアリティを持って聞かせてしまう。倉木の作詞家としての成長を示す1曲。

  12. chance for you

     このアルバム中のベストチューンだと言うことは議論を待たないだろう。

     メロトロンのような不思議な響きを持つイントロから始まり,曲はドラマチックに展開してゆく。ストーリー性はないものの,"always"以来の倉木麻衣の普遍的なテーマ,

    「傷つくことを恐れず,勇気を持って前進せよ」

    という強力なメッセージが伝わってくる。

     エンディングの歓声は少し派手過ぎるかとは思うが,終盤に挿入されたハンドクラップはいい意味での“手作り感”を感じさせ好感が持てる。

     ラブソングを歌う倉木はいつもなんとなく危なっかしいが,人生応援ソングを歌うときにはゆるぎない自信に満ちる。まさに倉木ワールドの真骨頂ということができるだろう。

 もはや倉木にデビュー当時のような“衝撃”はないかもしれない。しかし“円熟”を増しながらしっかりと品格のあるアーティストへと成長してきた。ファンにとっては愛すべき1枚,はじめて聞く者にも安心して聞くことができる良盤といえるだろう。