1. ダンシング 作詞:倉木麻衣 作曲・編曲:徳永暁人
  2. through the River  作詞:倉木麻衣 作曲:大野愛果 編曲:Cybersound
  3. You look at me〜one 作詞:倉木麻衣 作曲・編曲:大賀好修

オリコンデータ
最高順位 5位
登場回数 7回
初動枚数34,684枚
累積枚数51,246枚


Personel:


 倉木麻衣は一体どこに行こうとしているのか?多くのファンがその答えを見つけることができずに悩んでいる。

 実際,「ダンシング」はファンにそう思わせてもやむをえないシングルでもある。

 まず何と言っても,今までの倉木にはほとんど見られなかった曲調。“ロックナンバー”と紹介されていることが多いが,実際には70年代ファンクを髣髴とさせる変拍子的なリズムで,メロディよりはリズムが前面に出ており,「Secret of my heart」のファンにとってはやはり違和感を覚えざるを得ないだろう。さまざまなファンサイトでの酷評も目にするが,確かに「Secret〜」に耳慣れたファンには受け入れるのに時間がかかる曲であることは間違いない。

 しかしいつから倉木はボブ=ディランになったのか?もちろん彼に比べれば社会性は少ないのだが,倉木はいつの間にか“客観的ラブソング”の歌い手から,“個人的(パーソナル)”な歌を届ける歌手になった。

 思えば,「Love, Day After Tomorrow」「Stay by my side」“恋に悩む10代の少女”の心の琴線に触れる圧倒的な力を持っていた。「always」「Stand Up」は悩める青年期への圧倒的な応援歌であったし,「Feel fine!」は誰の上にも訪れる太陽降り注ぐ“夏”を歌った。

 しかし,倉木は「ダンシング」で何を歌おうとしたのか?

 それは一にも二にも

 「私も今 変ろうとする」

というフレーズに象徴されている。

 実際に大学を卒業し,音楽活動に専念することになった倉木にとっては,これは“本音”以外の何物でもない。この言葉は,倉木同様に人生の大きな節目を迎える人々にとっては大いなる応援になるだろう。しかし,多少パーソナル過ぎたのではないかという気がしなくもない。

 ジョン=レノンという人は,「Help!」でも「Norwedgian wood」でも,一貫して“個人的な情景”を歌ってきた。しかし,その言葉は絶妙にオブラートに包まれ,聞くものはあたかもそれを自らの体験として,自らにオーバーラップすることができた。そして,それはヒットする。ところが小野洋子と出会ったあとの彼は,もう決してその“個人的な体験”をオブラートには包まない。そうしたとき,その薬は苦く,人々は顔をしかめるのだ。「Oh! Yoko」とはっきり歌われたときには,誰もその曲世界を“追体験”できなくなる。

 そして,私が思うのはまさにそういうことなのだ。「always」も「ダンシング」も実は同じテーマを歌っている。

 「苦しいときこそ願いは叶う」

=「忘れないで どんなときも朝陽は必ずのぼる」

と。

 しかし,後者に前者ほどの普遍性はない。

 したがって,売り上げは「always」>「ダンシング」とならざるを得ないのである。

 実際に最近の倉木を見て思うことなのだが,「Love,needing」でははじめてのセルフプロデュースに挑戦したり,「ダンシング」でも大きく自分の意見を投影しているという。そして,そこに感じることは,倉木は“媚びることをやめた”な…ということだ。

 自分の本当にやりたいことを後回しにしてまで,セールスにこだわりたくない。特に「Love,needing」ではその姿勢が明らかであったが,その態度はこの「ダンシング」でも踏襲されている。裸の王様になってはならないが,今まで大野や徳永をはじめとする圧倒的に優秀なスタッフに支えられて数々の大ヒットを生んできた倉木にとって,今はまさに“心のシェルターを崩し”て,“恐れずにトライし続け”る時期にきていることは間違いない。

 また,ビートルズを例にとるが,圧倒的な違和感を与えた「Revolver」なくしては,決して「Sgt.Pepper」は登場しなかったのである。

 話が長くなった。

 結論を言うと,「ダンシング」は,上記のような理由からそれほど大きなヒットにはならないだろう。しかし,この“内面化の時期”は次の大きな飛躍へのさなぎの時期であると考えたい。「Revolver」「Sgt.Pepper」を生んだように。


 さて,次に曲自体の出来栄えを離れて付随事項に触れてみたい。倉木はこのシングル発売の2日前,3月21日に立命館大学産業社会学部を卒業した。卒業式の模様は多くのマスコミで取り上げられたために,そのこと自体が大きなプロモーションになったが,これ以外にも,GIZAサイドは突如この曲に対する巨大なプロモーションを開始した。

 まず,タイアップ戦略がある。

 この曲はサッカーJリーグ J2の徳島ヴォルティスの公式テーマソングとなった。かつて「SAME」が単発のサッカーイベントのテーマに使用されたことはあったが,恒久的に使用されるテーマソングとしては初であり,モーニング娘。の楽天ゴールデンイーグルズ応援歌と比べれば世間へのアピール度は低いだろうが,今後のヴォルティスの活躍如何によっては,この曲の露出度も上がっていく可能性を秘める。うまくいけばロングヒットもねらえる秀逸な“タイアップ”であった。また,上で,「リズムが勝った曲」という意味のことを書いたが,それもこの曲がサッカーチームのテーマソングとして制作されたということなら十分納得はいく。

 また,携帯電話の着メロ企業「ドワンゴ」のCMソングともなったが,このCMには倉木自身が撮りおろしで出演し,世間の注目を浴びた。化粧品や清涼飲料,自動車等のものに比べればテレビで目にする回数も少ないCMではあるが,CM出演自体が注目されるアーティストであるために有効な戦略ではあったのだろう。

 前作「Love,needing」がまったくのノンタイアップ曲であったことを考えれば,そのあまりの大きな違いに驚きを隠しきれないが,これも大学を卒業して新たに音楽活動に専念することができるという環境のなせる業か。

 また,マイケル=ジャクソンの「Beat It」を思い出させる秀逸なPVは大評判となり,やはりこの時代になっても,ビジュアルの力の大きさを示してくれた。


「through the River」

 大野愛果のペンになる切ないラブソング。人生を川の流れにたとえる曲は,美空ひばりの「川の流れのように」をはじめとして数多い。私は,倉木は,この川の流れのように成長していく自分というモチーフを,「千と千尋の神隠し」センとハクのイメージから得たのではないかと考えるのだが,この「川」のモチーフはどうやら日本人の心の奥にあるノスタルジーを揺り動かすようだ。

 しかし,その扱い方はここでもかなりパーソナル。あまりやりすぎると「ダンシング」でも示したように普遍性を失わせてしまうので注意が必要。


「You look me〜one」

 おそらく今回のシングル中でもっとも秀逸な曲。これは衆目の一致するところではないか?それは,“3曲目”でありながら日本テレビ系「Sportsうるぐす」のテーマ曲となったことにも伺われる。

 大賀好修という人の作曲能力についてはまったく予備知識を持たないのだが,センスのよさを強く感じる。

 曲のタイトルは英語だが,実はこの曲はきわめて“和”のテイストを持っているのではないだろうか?倉木にはこのムードがよく合う。その一番の成功例が「Time after time」であることは,すでに皆さんお気づきの通り。

 一聴して感じるのはマイナーコードの使い方が極めて“洋風和もの”

 妙な言い方だが,ご年配の方なら,雨の御堂筋」(欧陽菲菲)「京都の恋」(渚 ゆう子)などの“アメリカ製日本歌謡曲”を思い出しはされないだろうか?これらの曲は,当時人気絶頂であったエレキギターグループ“ベンチャーズ”のメンバーに日本でヒットしていた曲を聴かせ,日本マーケット向けの曲として作曲させたものである。大賀のテイストはこのようなところに一目通じるものがあるのではないかと思う。他には「キーハンター」「ザ・ガードマン」等,70年代初頭のアクションドラマの物悲しいテーマソングをも思い出させる。

 歌詞も最も普遍性が高い。

 「闇夜が恐れるもの それは眩しい光」

と言うようなフレーズには“天才”を感じる。

 ただ,ラジオボイスの多用等,少々オーバープロデュース気味の印象を受ける。佳曲であるだけに,もう少しシンプルにまとめた方がさらに普遍性を高めることができたのではないかと思う。

 これは多くのファンが感じていることではないかと思うのだが,倉木とすれば,もしヒットを狙いに行くならこの曲をA面に持って来ればよかった。この曲ならば数多くのファンにアピールすることが可能だ。しかし,倉木はあえてそうしなかった。


 私は毛頭,「ダンシング」を否定するものではない。駄曲であるとも思わない。ただ,その“個人性(非普遍性)”から“ヒットしにくい曲”ではないかと感じると言うにとどめておこう。今はこの「ダンシング」を精一杯楽しもうではないか。かつての多くの曲がそうであったように,ライブで歌われるときには,また別の表情を持って私たちに迫ってくれるであろうから。