VNCM-9002
3,059円 (tax in) NORTHERN MUSIC
Release:2008年01月01日
曲目 | 作詞 | 作曲 | 編曲 | |
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1. | One Life | 倉木 麻衣 | Martin Ankelius & Henrik Andersson-Tervald |
Martin Ankelius & Henrik Andersson-Tervald |
2. | I Like it Like that | 倉木 麻衣 | Ricky Hanley, Darren Woodford & Lynn Slater |
Radi8 |
3. | one for me | 倉木 麻衣 | Yoo Hae Joon | Yoo Hae Joon |
4. | Born to be Free | 倉木 麻衣 | 徳永 暁人 | Cybersound |
5. | 白い雪 | 倉木 麻衣 | 大野 愛果 | 池田大介 |
6. | Silent love〜open my heart〜 | 倉木 麻衣 | Daisuke "DAIS" Miyachi & Yuichi Ohno |
Daisuke "DAIS" Miyachi & Yuichi Ohno |
7. | everything | 倉木 麻衣 | 藤本貴則 | 藤本貴則 |
8. | Season of love | 倉木 麻衣 | 大野 愛果 | Cybersound |
9. | secret roses | 倉木 麻衣 | 藤田真梨 | 藤田真梨,Day Track |
10. | Wonderland | 倉木 麻衣 | 笠原智緒・Yoko Blaqstone | 笠原智緒・Yoko Blaqstone |
11. | BE WITH U | 倉木 麻衣 | 徳永暁人 | Cybersound |
12. | Over The Rainbow(Bonus track) | E.Y. Harburg | Harold Arlen | 窪田博之・寺地秀行 |
オリコンデータ | |
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最高順位 | 14 位 |
登場回数 | 回 |
初動枚数 | 62662枚(2週連結) |
累積枚数 | 枚 |
2008年1月1日,元旦に発売日を設定してきたということで,同じく2004年1月1日が発売日であったベストアルバム「Wish You The Best」を思い出すが,2007年の年末に全国紙に全面広告が打たれたことを考えても,GIZA studioからNorthern music移籍後初となるこのアルバムに賭ける意気込みが伝わってくる。
直前の韓国や台湾でのライブ活動を通じて培った“国際的”なムードが基調となり,その上に“大人になった”Mai-Kワールドが繰り広げられる。
そのコンセプトやよし。
しかし,聞き込んでいくうちに評価の困難さを感じてしまったアルバムでもある。
一番の問題は先行した“シングル曲”と今回のアルバムで初めて耳にする“アルバム曲”の間にあまりのアンバランスが存在することだ。今回収録された“シングル曲”は(準シングルともいえる「Born to be free」)を含めて全5曲。それらの質にばらつきはあるものの,皆それなりに成功したヒットシングルである。これまでのアルバムと比べても決して数が多いわけでもない。しかし,敢えて言おう。今回はシングル曲の収録は失敗であったと。
その一番の理由は,逆説的ではあるが,“アルバム曲”があまりに見事なコンセプチュアル・アートになっているからである。
では,私が考える“アルバム曲”のコンセプトとは何か。
それは,「都会の喧騒の中の孤独」。
そして,その中で繰り広げられる一夜の物語。
以下,ストーリーは曲にして語らしめよう・・・。
- One Life
このアルバムの底辺を形作るのは,やはりなんといってもこのタイトル曲「One Life」。この曲のプロモーション・ビデオがニューヨークの街並みを背景としていたところから余計にそう感じられるのだろうが,「都会の喧騒の中の孤独」というイメージを強く感じてしまう。そこにはマンハッタンの下町のこじゃれたジャズクラブで(行ったことはないが…),大して飲みたくもないカクテルのグラスを傾けながら,そのグラスの向こうに来るあてもない恋人を待っている物憂げな女性の姿が透けて見える。やがてステージでは,(若いころの)Billy Joelがピアノの前に座り,「The Stranger」を歌い始めるだろう・・・。
決してポップなヒット性がある曲ではないのだが,このアルバムという閉じられた扉を一撃でこじ開ける力を持っている。PAUL McCARTNEY & WINGSの「Red Rose Speedway」のドアが「Big Barn Bed」で叩き割られたときの衝撃を思い出した。
- I Like it Like that
やがて彼女の思惑とは関係なく,ステージには別のシンガーが上る。しかし,その声は彼女の耳には入って来ない。最後に会ったそのとき,二人の間に何があったのだろうか?かつて“Tシャツ脱ぎ捨て”裸で“壊れるまで抱きしめ”あった恋人との間に吹き始めたすきま風。あの幸せな日々はもう帰ってこないのだろうか・・・。飲みなれないお酒に心惑わされ,普段は決して流すことがなかった涙が彼女の瞳を濡らす。
- one for me
そして二人の確執の原因が静かに語られる。どうやら彼女の苦しみの原因は,彼氏の“隣で幸せそうに微笑むあの娘”の存在であったようだ。酔いが回るほどに過去の楽しかった思い出が頭の中を駆け巡り,苦しみが募ってくる。しかし,気丈な彼女は“偶然を装い”さりげなく気持ちを伝えることなどできない。いつの日にかきっとあなたを振り向かせるという21世紀の“強い女”の姿が目に浮かぶ。さしずめ,若き日のヒラリー=クリントンか。
そして彼女は“この歌をかなで続け”“君が必要”と彼に告げようと心に誓う。そのとき,彼女の心は,ステージのシンガーとひとつになっていた。
夜は更けていく・・・。
- Born to be Free
さて,「都会の喧騒の中の孤独」というこのアルバムの通奏低音は,突如としてこの騒々しいサッカーのテーマソングでかき消されてしまう。
公式発売こそされていなかったが,すでにサッカーA3戦のテーマソングとして2007年中に公表されていたこの曲は,このアルバムの中では「準シングル曲」扱いされているといってもいい。しかし,私はこの曲を敢えてこのアルバムに収録した意図がよく分からない。せっかくの“クールで都会的なムード”は,この曲の,耳に付くホイッスルの音で壊されてしまい,あとには場違いなけだるさだけが残る。精神的な疲労ではなく,肉体的な疲労。この曲の挿入のせいで,アルバムのコンセプトは霧散してしまった。
歌詞はいわゆる「テーマソング」。それ以上でもそれ以下でもなく,Mainglishにもいつもの切れがなく中国製の廉価Tシャツの胸に書いてあるような文句。いつもなら冴え渡る徳永のDメロディも,この曲では場をしらけさせてしまう。A3のテーマソングのために急ごしらえであわてて作ったと言う印象。「Simply Wonderful」の例もあるのだから,この曲もやがてリリースされるであろう次のベストアルバムにとって置けばよかったのにと思ってしまう。ひょっとして,「MOTTAINAI」と言うことだったのだろうか?
- 白い雪
さらにアルバムコンセプトを混沌とさせるのがこの曲の存在。この曲はシングルとしてはファンの間でも結構人気が高かった曲で,それ自体は悪い曲ではない。しかし,このアルバムの中には置いてほしくなかった。
何度も言うが,このアルバムのコンセプトは,私の感覚では「都会の喧騒の中の孤独」。そこに見え隠れするのはニューヨークの摩天楼と通り過ぎるイエローキャブ・・・。
ところが「白い雪」の舞台は,“家族の笑いが聞こえる公園通り”。マンハッタンではなく,さしずめ江東区か。いきなりシーンは現実の匂いが立ち込め,あのジャズクラブにいたクールなレディは,突然都立高校の女子高生になってしまった。
- Silent love〜open my heart〜
この「Silent love」は最近の倉木の曲の中では間違いなく高い評価を得られる曲である。舞台もマンハッタンから郊外の豪邸へ移ったと言う程度で,それほど雰囲気を壊すわけではない。しかし,やはりここに置いてほしくはなかった。
この曲と一つ前の「白い雪」は曲調もよく似ており,季節感もほぼ同じ。ところがこの2曲をこうやって並べると2つの意味で不協和音が鳴り響く。
ひとつは「質」の問題。
私は「Silent love」は倉木の代表曲のひとつになりうる佳曲だと思っているが,「白い雪」にはあまり高い評価を与えていない。ところが似通った2曲をこういう具合に並べると,その差異が際立ってしまい,「白い雪」が実際以上に貧相に見えてしまうのだ。使うなとは言わないが,まさにMOTTAINAI使い方であると言わざるを得ない。
もうひとつは季節感の問題。
この2つの「冬歌」を並べることによって,このアルバムの季節感が大きく「冬」へと引っ張られてしまう。そのため,「冬のアルバム」というニュアンスが強力に生まれてくるわけであるが,他の曲はそれほど季節感があるわけでもなく,逆に「Born to be free」からは汗が飛び散ってきそう。プロデュース・ミスと思えてならない。
- everything
舞台はようやく夜のニューヨークに戻ってきた。
藤本貴則のペンになる曲であるが,まるで往年の大野愛果の作品のように起伏の激しいメロディ。
さて,ジャズクラブに陣取った彼女の心は,この曲の旋律のように激しく上下する。どうやら二人の諍いの原因は,彼女が恋よりも仕事?に夢中になりすぎて,二人の関係を後回しにしてしまったことのようだ。失いそうな恋に苦しみながらも,気丈な彼女は,二人の間に横たわる大きな川を“また君と蘇らせるためになら 今越えてみる”と力強く宣言する。
- Season of love
ここまで読んでこられた皆さんは,私がきっと「このアルバムには絶対に先行シングル曲は入れてはならなかった」と憤慨していると思われるかもしれない。しかし,それは正しくない。私は決して「先行シングル曲」を「後発アルバム」に収録することをすべて否定しているわけではない。この「Season of love」がいい例である。
この曲もアルバム発売から言うと1年近くも前に発表された曲で,その点アルバム収録には難しさもあったと思うが,そんなの関係ない!「season of love」は見事に「都会の喧騒の中の孤独」を語ってくれるのだ。
もともと,1960-70年代の洋楽はシングルとアルバムが別のものとして作られていて,お互いに過干渉することはなかった。しかし,たとえば60年代後半のThe Beatlesに代表されるように,時にはシングルとアルバムが有機的に結合することもあった。すなわち,アーティストは同時期の一連のセッションの中でシングル向きの曲を“アルバムの予告編”として先行発売し,その後統一的な雰囲気を持ったアルバムを発表すると言うことがよくあった。例を挙げれば「Eleanor Rigby/Yellow Submarine」→「Revolver」,「Penny Lane/Strawberryfields Forever」→「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」といった具合にである。
私は「Season of love」と「ONE LIFE」は,この関係に似ていると思ってならない。ここにはプロデューサーのセンスを感じる。
- secret roses
酔いが回ってきたのだろうか,あの女性の意識も少々朦朧としてきたようだ。彼女の頭の中には,かつて恋人と激しく愛し合った日々が走馬灯のように駆け巡る。夢の中なら“誰にも邪魔されず 密かに君を抱く”ことができる。“抱かれる”のではない。“抱く”のだ!この“強さ”は倉木としては非常に珍しい“ヤバいくらいに”という卑語の使用にもつながる。ここにあるのは,能動的に愛を語ることができる新しい世代の女性の姿。「麻衣をもっと」へのコメントで,“しげ”氏は,この曲を“清純だと思ってた子が,キスしたらいきなり舌を入れてきた,その瞬間の違和感…。”と表現してくださったが,このあたりからジャズバーで夢想するあの女性の姿が,倉木麻衣の姿と重なってきた。
しかし,このデジャヴにもやがて終わりが来る。すべては夢の中。この現実の世界では彼は遠い人になってしまった。
そしてまた彼女は“遠く響く声と トワイライトの影が 夢と現実さえ 曖昧にする”ニュー・ヨークの街にいる。もうステージの歌も彼女の耳には届いてはいないだろう。彼女の心が夢の中に沈んでゆく・・・。
- Wonderland
“笠原智緒・Yoko Blaqstone”という名前を聞いて懐かしさを感じてしまうのは私も結構古いファンになった証拠か。この二人の作者の組み合わせには「Baby Tonight〜You&Me〜」があるが,かつてのシングルのカップリングで見せたように,時としてマニアックなR&Bに走りがちなYoko Blaqstoneの黒っぽさを笠原智緒の通俗性がうまく取り込んで,あたかもLennon-McCartneyのコンビのようなスリリングな心地よさをかもし出している。
特筆すべきは,ここでも縦横無尽に発揮される倉木の卓越した歌唱力。もはや“アイドル・シンガー”という言葉を使うべくもない。あまりにも心地よく歌い上げる倉木は,きっとこの夜あのジャズバーのステージに最後のシンガーとして立っていたのであろうか。
曲調は「夜空ノムコヲ」を思い出させるが,ジャズバーで来ることのない彼を待っていたあの女性は,待ちくたびれてうたた寝を始め,そろそろ夜明けが近づいてきたようだ。
「ONE LIFE」という物憂げな夜が終わろうとしている・・・。
- BE WITH U
この曲もややここにいるのは居心地が悪い。しかし,それほどつらくは感じないのが,同じ“元気よさ”ではあってもラテン系の「Born to be free」の汗臭さとは違って,こちらはアングロ・サクソン的乾燥した情熱を感じるからであろうか。それはすなわち,バルセロナのサッカースタジアムと,ニューヨークのヤンキースタジアムとの空気感の違いなのかもしれない。
ともあれ,どうやら夜が明けて,都会の喧騒が戻ってきたようだ。
- Over The Rainbow
とうとう来なかった恋人をあきらめて,外へ出てきたあの女性を待っていたものは・・・。
おそらく夜のうちに雨が降ったのだろうか,濡れた舗道を二〜三歩歩みだした彼女。そのとき彼女の頬にさっと日の光が差してきた。まぶしそうに空を見上げた彼女の瞳に映ったものは・・・。摩天楼の間に見事にかかった虹の橋。
件の女性は,一夜を無駄にしてしまった自分の愚かさを恥らうかのようにちょっと肩をすくめてみせると,何事もなかったように都会の喧騒の中に消えていく。
そして,タイトルロールとともに流れるのは「Over The Rainbow」・・・。
このあまりにも有名なスタンダードナンバーは,またあまりにも心地よく,この「ONE LIFE」という一夜の物語を締めくくってくれる。
最近の倉木の“不調”(そういって悪ければ,客観的な“売り上げの減少”)の原因は,多くは提供される楽曲の質にあるという意見は決して的外れなことでないだろう。その意味から言えば,賛否両論があるのは当然だが,良質なスタンダードナンバーを歌うからこそ,倉木の成長著しい歌唱力が生きてくる。この原稿を書いているとき,倉木がカーペンターズの往年の大ヒット曲「Top of The World」をカバーし,CM曲として幅広く聞かれることになるというニュースが飛び込んできたが,この「Over The Rainbow」の出来を見る限り,その次回作も非常に楽しみである。
さて,「ONE LIFE」という夜が終わった。ここまで読んできていただいた方には,きっと私が最初に“このアルバムへのシングル曲の収録は失敗であった”と言った理由がお分かりになったと思う。
それはガキオヤジ氏が「30分のCoolなオムニバス映画に、20分のCM入れたのは納得出来んっ!てことですね」と言われる気持ちに代弁されている。もちろんこれは私の個人的な感想であり,このアルバムを聞く多くの方々のセンスを左右するものではない。聴く者一人ひとりに,一人ひとりの“LIFE”があるはずだ。ただ,J-POPのアルバム制作現場に,この強い違和感を伝えてペンを置くことにしよう。