今回の作品群は何か一種の“悲壮感”に満ちている。
シングル初の「DVD付」と「通常盤」の2枚体制。公式には“原因不明”の発売日の一週間延期・・・。
そこにはCDの売り上げが漸減し,ヒットチャートトップ10からの陥落もささやかれるようになった“営業サイド”の危機感が感じられる。営業サイドとしても,ここは大胆なてこ入れをして,何としても再び倉木をヒットの顔に押し上げたいという熱い思いが伝わってくる。
また,“制作サイド”も背水の陣を引いた。倉木としては初のBeingグループ以外の作曲家への“外注”作品(Silent love)。
「風のららら」以後しばらくのブランクの後「明日へ架ける橋」でカムバックした倉木であるが,その後のセールスはいまひとつぱっとしない。この間倉木は,あえて「賛否両論あるとは思うが・・・」と断ってエロチックな「Love,needing」のリリースや,きわめてマニアックな「ダンシング」の発表など,「Love, Day After Tomorrow」に打ちのめされて,「always」で人生を悟った旧来のファンの顔色を見ることなく,大胆な実験的な作品を世に送り続けてきた。しかし,それは営業的にはあまり成功を収めず,制作サイドにも大きな危機感があったのだろう。
ということで,「Season of love」でも感じられたことだが,今回の2曲はさらに“原点回帰”的な作品となっている。
Silent love 〜open my heart〜
絵に描いたような典型的なR&Bバラード。
名曲「thankful」を髣髴とさせ,倉木ファンの琴線を激しく叩く。季節的にも的を得て,文句のない「Mai-Kミュージック」となった。昔からのファンなら狂喜乱舞するであろうし,新しいファンでも,喉に自信があるものならカラオケに行くと一度は挑戦してみたい曲である。
R&Bということで,倉木の頭にあるのは彼女が崇拝する黒人女性歌手の姿か。そのかわいらしいイメージから,どうしても“黒っぽく”歌うことが苦手な倉木ではあるが,今回はかなりその意図を実現しているようにも思える。
コーラスワークの見事さは名曲「Safest place」以来の倉木のシンガーとしての成長のあとを忍ばせる。もう“若手”とは言えなくなった倉木ではあるが,栄枯盛衰の激しいP-POP界で彼女がここまで生き残ってきた理由を雄弁に物語ってくれているとも言えよう。
主人公が女性であり,男性を「あなた」と呼ぶときの倉木は,非常に古風な“耐える女”になる。その意味で「Stay by my side」につながるとも言えるが,この曲ではその荘厳な曲調のおかげであまり女々しくは聞こえない。
途中に挟み込まれる英語詞はいつものMainglish。中国製のTシャツの胸に書かれている英文のような趣。しかし,これも昔からの倉木ファンには吉か。
BE WITH U
こちらも徳永作曲,Cybersound編曲の“ど真ん中のストレート”。曲調は「Stand Up」+「always」で,歌詞もいつもの“応援ソング”。ふっと目をつぶると,ライブの最後に倉木と客席が一体となって腕を左右に振りながらこの曲を合唱しているシーンが浮かんでくる。ヒットの具合によってはライブのエンディング曲の地位を「always」から奪い取ることができるかもしれない可能性を持った曲だ。
軽いロック/ポップナンバーにも聞こえるが,私はそうは見ない。
この曲の下敷きとされているのは,たとえばWham!の「Freedom」であったり,Elton Johnの「Philadelphia Freedom」あたりのような気がするが,この70〜80年代のヨーロッパポップスの血を引くナンバーは,ジョージ=マイケルやエルトン=ジョンが「Live Aid」のステージに立ったことを思い出させ,「Do they know it's Christmas?」や「We Are The World」にもつながる人類のアンセムとしての姿を想起させる。そういえば上記の2曲ともが“自由”を題材にしているのは偶然にしてはできすぎだ。また,曲中の“make it better”というフレーズはThe Beatles最大のヒット曲「Hey Jude」のキメ台詞でもあり,このあたりも英国系ポップスに最大のリスペクトを送っていることがわかる。
また,ところどころに,あの“伝説のファルセット”が挿入されているのは,やはりファンにはたまらないところ。
エンディングの唐突さも,ビートルズをはじめとする60〜70年代のブリティッシュ・ロックによく見られた手法。
さらに注目すべきことは,このシングルは「両A面」扱いということだが,この2曲がコンセプチュアルに見事に対比して並び立っているところだ。
バラードの「Silent love」に対してポップな「BE WITH U」,「黒」い「Silent love」に対して「白」い「BE WITH U」,男性を「あなた」とよび,古風な耐える女を演じる「Silent love」に対して不特定多数に対して「君」と呼びかける“中性的”な「BE WITH U」・・・。枚挙にいとまない。
ともあれ,「thankful+Stay by my side」と「Stand Up+always」のカップリングであるのだから,ファンが喜ばないはずがない。
欲を言えばもう少し強力なタイアップがとりたかったところか。
しかし,それを差し引いてもこのシングルは「Mai-Kの新しい代表作」と呼ばれることを予感させる名曲群と言って間違いないだろう。