2004年4月16日。今日からいよいよMai Kuraki Tour 2004 "Wish You The Best"~Grow step by step~が始まる。ファンにとっては,新曲発売も控え,これほど楽しみな春もない。ところが,これもまたやはりなのだが,2ちゃんねるを中心に倉木のライブパフォーマーとしての実力を疑問視する声がある。ツアー開始を目前に控えた今。不安はないのだろうか?
倉木は今まで大きなライブツアーを3回行っている。「happy live 2001」「Loving You...Tour 2002」「FAIRY TALE Tour 2002-2003」である。すべてビデオやDVDで見ることが出来るので実際にはまだ倉木のライブに参加したことのない私にも,ある程度の感想を述べることが許されると思う。
この中でライブの実力を疑問視するのはおそらく「happy live」に参加したかDVD(Video)「Eternal Moment」を見て,それが倉木のライブパフォーマンスの有り様だと思っている人たちであろう。このライブは倉木初のライブパフォーマンスであり,通常の有料コンサートではなく,コカコーラ社が自社製品の販促用キャンペーンとして行った無料招待ライブであった。会場は小規模なライブハウスが選ばれ,パフォーマーとオーディエンスの距離も非常に近い。倉木最初のライブはこのような環境の中で行われた。
倉木という人はどうやら大変なあがり性のようだ。2003年の紅白歌合戦で歌いなれているはずの「Stay by my side」の歌詞を間違えたことは記憶に新しいが,他のライブでも,歌詞の間違い・忘れ,歌いだしポイントの間違いは結構目立つ。おそらく大変な緊張の中で自分を見失いがちになるタイプなのだろう。その意味で,「happy live」は確かに完璧なパフォーマンスとは言いがたい瞬間もあった。緊張のためか,視線はさまよい,指先は泳ぎ,心ここにあらずという表情を見せることもあった。エクスペリエンスとの相性もまだ今ひとつで,お互いに手探り状態であるようにも感じる。また,学業との両立を図りながら,限られた時間の中でのリハーサルであったのだろうが,やはり準備不足の感はある。したがって確かに,このライブだけ見れば倉木は「最高のライブパフォーマー」とは呼べないかも知れない。プロなのだから言い訳は許されないが,やはり「満を持して」のライブではなかったような気もする。「歌を聞かせる」ことよりも,神秘のベールに包まれていた倉木麻衣を,ファンに「見せる」ことに主眼が置かれたのかもしれない。
しかし,続く「Loving You」では,かなり改善が見られる。このツアーは初のアリーナツアーということもあり,準備にも多くの時間が割かれたのであろう。倉木の表情もかなり生き生きとしているのが分かる。しかし,その表情はまだ硬く,緊張感もあり,とりあえず「合格」というところであるが,まだまだ進歩の余地を残している。しかし,「happy live」に比べれば格段の成長が見られ,ライブパフォーマーとしての実力を蓄えてきた。
その点「FAIRY TALE」は長足の進歩が見られる。それまでのライブとの一番大きな違いは,表情に自信が満ちてきたことである。それまではときに恥ずかしそうに,時に不安そうに歌っていた倉木であるが,このツアーにおいてはそのようなあやふやさは影を潜め,しっかり地に足が着いたライブパフォーマンスを敢行できるようになってきた。特に圧巻は,「happy live」ではオープニングナンバーであった「Stand Up」をエンディングに持ってきて,聴衆を煽る部分を加味し,圧倒的なパワーを見せつけてくれたことである。この2003年においてライブパフォーマーとしての倉木の存在感が定着したといってもよかろう。そしていよいよ「Wish You The Best」ツアーということになるわけであるが,その前にもうひとつ別のライブパフォーマンスについてコメントしてみたい。
2003年10月,第1回京都学生祭典において実行委員の一翼をになった倉木は,そのイベントのクライマックスとしてひとつのライブパフォーマンスを行った。伝説の「平安神宮ライブ」である。このライブは学生祭典の一部として挙行されたため通常の半分の約1時間の時間で行われ,曲目も少なく,特殊なライブとなった。さらにこのライブを特徴付けることがいくつかある。
まず,いつもと顔が違う。妙に丸顔で,前髪を下ろしているために表情もいつものものと違い,時折別人のような印象を受ける。さらにコスチュームも慣れ親しんだパンツルックではなく初のミニスカート(キュロット?)で,秋だというのに体にぴったりとしたノースリーブといういでたちで,セクシーさを強調していたことも話題となった。つまり「いつもの倉木とかなり違った」のである。
パフォーマンスの方も,通常の半分の時間ということだからか最初から飛ばしまくっている。一曲目の「Love, Day After Tomorrow」から全力投球で,これで最後まで持つのだろうかと心配させられるほどである。
実は私はこのライブが放映されたNHKを録画し,その音声からオーディオCDを作成し,車の中でここのところ毎日繰り返し聞いている。こうして映像を取り除いて音声だけを聞いていると,逆に映像があったときには気づかなかった細かなところまで見えてくるのが面白い。
このライブは「Wish You The Best」ツアーへの橋渡しとなる重要な位置にあると思うが,テクニック的には決して「最高のパフォーマンス」とは言えないかも知れない。「Love, Day After Tomorrow」はやはり緊張のせいかやや音程が不安定であり,二曲目の「Delicious Way」では,歌う箇所を間違えたのか,一瞬ボーカルの空白が見られる。その意味ではこのパフォーマンスについて辛口の評価をされる方も多い。しかし,私はこのライブを少し違った視点から捉えてみたいと思う。
フィギアスケートなどを例に取れば,審査方法には技術を競う「規定」と,美しさ,聴衆に与える感動の度合いを示す「芸術点」と,二通りの採点基準がある。テクニックに優れた選手が,往々にしてロボットのような正確さに頼りきり,「感動」を与えるという点において今ひとつであることもオリンピック等を通してよく見る。そして,倉木のパフォーマンスである。
倉木は,ボーカリストとしては線が細い。圧倒的な声量で朗々と歌い上げるタイプではなく,繊細なギリギリの表現力でもって聴くものの耳ではなく「心」に直接感動を与えるタイプの歌手である。どちらかといえばライブパフォーマーとしてよりはレコーディングアーティストとしての方が高い評価を得ている。そのために時として,PAのコンディションや体調等により,技術的には完璧でないこともある。しかし,そんなときでも,倉木は聴くものの心に直接響く歌声と表現力を持っている。「規定」では90点のこともあるが,そんなときでも「芸術点」では120点をたたき出してくれる。
平安神宮ライブにおいても緊張がほぐれたのか3曲目の「風のららら」からは落ち着きを取り戻し,愛する京都のイメージを「Time after time」で語る。「日本の四季はここでこそ一番感じられる」と。そこにはMCが下手でしどろもどろになっていたかつての少女の姿はなく,一個の凛としたアーティストが存在する。そして慣れ親しんだ「Secret of my heart」~「Stay by my side」を経て「Reach for the sky」に到達する頃には倉木の歌唱は完璧な調和を見せるようになる。発売されたCDと同じことを歌うことをよしとする意見もあるが,私はライブにはライブならではの工夫や「輝き」があってしかるべきであると思う。その点この「Reach for the sky」は,今までの倉木のどのライブパフォーマンスよりも「完璧」である。もちろん同じキーで歌っているはずだが,ここでの倉木の声はまるでオクターブ上で歌っているかのように輝き,繊細な表現力を確保したまま,気持ちが前へ出てきて,聴く者の心を直接つかんでいく様が手に取るように分かる。この曲はどちらかといえばCDではもったりとした洗練されていないイメージを受ける曲なのだが,ここではまったく別の曲のように新しい生命を授かる。この「Reach for the sky」こそ,平安神宮ライブの最高のポイントであると思う。しかし,それに続く「冷たい海」もいい。この難曲は最後まで破綻なく歌い上げられるだけでなく,おそらくは実際の倉木の体重の何百倍も重い存在感を放出している。そして「Feel fine!」「always」とアップテンポの曲が続くが,「Feel fine!」を聞いて感じることがある。
倉木を優れたボーカリスト足らしめている才能に,きらめくファルセット(裏声)の美しさがある。他のどんな歌手もこれほどの感動を与えてくれる声を持たない。誰も真似できない。中でも「え段」の音がファルセットで語尾に来るとき,その美しさは頂点に達する。「えけせてねへめえれゑ」の高音だ。大野愛果の激しく上下するメロディの曲に多いかとも思ったが,実は「Feel fine!」にこそそれを感じる至福の瞬間が多い。この曲の大ヒットの背景には「え段の響き」があったのではないだろうか? 逆にシングルの中で一番売り上げ枚数の少なかった「風のららら」にはこの「ファルセットe」が一度も登場しない。ひょっとしたらこの「ファルセットe」はヒットの原動力なのかもしれない。
そしてこのライブはアンコールの「Stand Up」で大団円を迎えるわけだが,この曲における倉木のパフォーマンスにはまさに鬼気迫る迫力がある。「na na na say!」と観客を煽りながら一歩一歩聴くものを高みにいざない,すざましい迫力でもって聴衆を圧倒していく。これほどのパフォーマンスが出来るアーティストが他にそういるだろうか?そこに私はミック=ジャガーの影さえ見たのだ。
この小ライブについて長々と書いたが,要するに倉木のライブパフォーマーとしての能力には何の心配も要らないどころか,現時点で,日本を代表するライブパフォーマーの一人と断言して差し支えないだろう。これだけの成長を見せてくれた倉木のことである。「Wish You The Best」ツアーがどれだけすばらしいものになるだろうか,今からそのときが待ち遠しくてならない。
そして今夜,幕が開く。