続いて「倉木麻衣の音楽」について語ろう。しかし,彼女は自分で作曲をしない。ライブで楽器を演奏することはあるが,その腕前についてはそれほど信頼がおけるものではない。ちろん制作の過程でさまざまな意見を述べることはあろうが,やはり「倉木麻衣の音楽」に関しては制作者側,たとえばレコード会社やプロダクション,作曲者(大野愛果,徳永暁人等)や編曲者(cybersound)の果たす役割が大きい。そこは誤解せずに指摘しておきたい。
倉木の音楽の特徴の一つにメロディの複雑さがある。
私も作曲をすることがあるが,簡単に一曲作り上げようとすれば,たとえば
A1(C-Am-F-G)-A2(C-Am-F-C)-サビ(F-C-G-C,F-C-D-G)
-A1(C-Am-F-G)-A2(C-Am-F-C)>
の2つのメロディで済む。きわめて単純だが,昔からこのパターンで作られた名曲は数多い。
しかし,倉木サイドは決してそのような"simply wonderful"な曲を作らない。多くの曲は複雑なメロディが絡み合い,独特の音楽世界を作っていく。この傾向はシングルよりアルバム曲に多いようだ。シングルでは,ある程度キャッチーな曲を作り,アルバムでは納得いくまでこだわるというところか。
例を挙げよう。以下のような曲では曲のメイン・メロディとは直接つながらない「第3のメロディ」が挿入され,またサビが二つある曲も多い。実は,ビートルズもよくこの手法を使ったが,これは聴くものを飽きさせず,常に新鮮な驚きをもって聴かせるという意味で非常に効果的である。
*happy days
第3のメロディ |
*always
「alwaysそう信じて 見つめてみよう…」 | サビが2つ あるいは第3のメロディ |
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第3のメロディ |
*Ride on time
「Oh baby Ride on time ゼロから始めよう…」 「君に会うまでの長い道のりを…」 | サビが2つ |
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これ以外にも枚挙にいとまないほどの例が存在することは一聴して明らかであり,この一瞬「えっ」と思わせる「3メロ」の存在のおかげで倉木のファンになったという人も多いのではないだろうか。しかし,意外にも「Stay by my side」や「Secret of my heart」などはシンプルな構成を保っている。「シングル」であることを重視した政策であるのだろうか。
しかしこのような複雑な構成を持つ曲の中でも,もっとも耳に残る曲が「Stand Up」である。
一般にはライブ用に作られたノリノリのシンプルなR&Rという評価をされるこの曲であるが,その実倉木の曲の中でももっとも複雑な構成を持っているものの一つである。
1 | Stand up Come on DJ... | サビ |
---|---|---|
2 | Tell me どれだけの夜を… | 第1メロディ |
3 | この時間が大切 Oh I feel so free... | 第2メロディ |
4 | 第3メロディ | |
5 | 第4メロディ | |
6 | いつも心素通りして… | 第5メロディ |
なんと言う複雑な構成であろうか。しかし,倉木はその意図に十分に応え,見事な歌唱を見せてくれる。
この「第3のメロディ」に関していえばもうひとつの使い方がある。それは,メロディを表に出すのではなく主旋律のカウンターパートとして裏でコーラスが別のメロディを歌うというもの。たとえば「Reach for the sky」などが顕著であるが,これも実はビートルズが多用した方法である。(同じコード進行で,2つのメロディを歌うのは「I've Got A Feeling」,またポール=マッカートニーのソロ作「Silly Love Songs」では3つのメロディが同時に歌われる。さらに「後追いコーラス」が第3メロディを歌うのは「You're Gonna Lose That Girl」など)倉木は別のところで,「Reach for the sky」はビートルズのようなトラックを作ろうと思ったと明言しているので(Mai-K.netダイアリー#08),これは偶然ではなく意図的に行われた作業であると思う。私が短時間で倉木麻衣の音楽に魅せられた理由は実はこのように,彼女の音楽が私の心の中のノスタルジックな琴線に触れたからなのかもしれない。
音楽についてはまだまだ書き足りないことが多いが,これも後は「曲目解説」へ回させていただく。
続いて彼女のパーソナリティについて簡単に触れておきたい。
倉木は2004年現在,京都立命館大学産業社会学部へ通う学生である。最近では,時代を代表するようなアイドルが,ある大学に入学しながらも途中で挫折を余儀なくされた例もあるように,芸能・音楽活動と学生生活を両立するのは容易なことではない。しかし,倉木は現在それを見事にやってのけている。このことは世間一般の大きな尊敬を集めている。また,ワイドショー等で垣間見る程度であるが,家庭的には恵まれない中,懸命に生きている姿も世間の共感を誘う。ライブのMCなどを聞くと倉木はお世辞にもおしゃべりがうまいとはいえない。すらすらと言葉が口をついて出てくるタイプではなく,一言一句噛み締めるように語る。これをもって「頭が悪いのだ」と称す2ちゃんねらーも多いが,それは的外れな批判であろう。倉木は「適当に」はしゃべらない。自分が次に何を言うべきか,聴衆は何を期待しているのか・・・。それを常に自問自答しながらしゃべっているように見える。そして,彼女のこの真摯さは彼女に人格的魅力を与えている。
このように,倉木の人気の秘密はその優れた音楽活動とともに,この背伸びをしない「真っ正直さ」にもあるのではないだろうか。
しかし,倉木はたとえ成功を収めても一つのところに安住しない。歌詞の変遷でも触れたが,音楽的な成長・発展だけでなく,人間としても成長しているようだ。まさにA rolling stone gathers no moss.である。これほど現れるたびにイメージの変わる女性も珍しい。"Love, Day After Tomorrow"の絶世の美少女は,すぐ次の瞬間"Stay by my side"の多少もったりとした素朴な少女に変わる。かと思えば,トレードマークにもなったマイケーヘアで,独自の世界を作り上げ,しかし,突然京都学生祭典や紅白歌合戦に全く違った顔で登場する…。彼女の著書「myself music」の中で,倉木は,大学の教室に自分をひと目見ようと探しに来た学生が,目の前を通っても自分のことに気が付かなかったというエピソードをあげているが,さもありなんである。自分の本質を決して曲げることはないながら,ひとつところにとどまらず,つねに変化を遂げ成長する。そんな彼女の姿に多くのファンは「癒される」のであろう。
ここまで書いてきて思うことは,まだまだ足らない私の知識への腹立ちである。これからも研究を続け,本当の意味で「役立つ倉木麻衣研究」が構築できるようになりたいものだ。
あいまいに飾った言葉はいらない・・・。