No.3


 世界初のポピュラー歌手といわれるのは,クリスマスソングの定番「ホワイト・クリスマス」で知られるアメリカのビング=クロスビーである。

 彼がなぜ「世界初のポピュラー歌手」と言われるかといえば,それは彼の歌唱法にあった。彼はそれまでのクラッシック的発声法に替わり,ささやくような歌唱法を採ったのである。それは1930年代において,彼の歌はフィルムに録音されミュージカル映画として世界中で上演されることが前提となっていたからだ。

 もう20年位前になるがNHKのテレビ番組で面白いシーンを見たことがある。それは,クラッシック歌手とポピュラー歌手の歌声をオシロスコープに掛け電気的に分析してみるという実験であった。するとクラッシック歌手の声はきれいなサインカーブを描くのに対し,ポピュラー歌手(森進一であった!)のそれは,激しいギザギザ状態となる。理由は明らかだ。ライブで歌うことを宿命つけられたクラッシック歌手の声には「雑音」が混入しては困る。ホールの隅々に届かなくなるからだ。民謡歌手がろうそくの前で,炎を揺らすことなく歌唱できるのも同様の理由である。しかし,そのためには犠牲にしなければならないことがあった。それは「個性」である。クラッシックの歌手がみんな同じ声をしているなどとは毛頭言うつもりはないが,やはり雑味を取り払った声はどうしても電気信号に近づき,似通ってくる。ソプラノ歌手の声にもっとも顕著であるが,聴きなれないものにとっては声を聴いても,歌手が誰か分かりづらくもなる。それに対しポピュラー歌手の声は雑音成分が多いという意味で「汚い」。当然声は通りにくくなるので,ライブ・パフォーマンスにおいても電気的増幅は必須となる。しかし,逆に「個性」を手に入れた。しわがれ声であったりだみ声であったり,「汚い」のだが人々を魅了する声がある。それこそが優れたポピュラー歌手というものだ。


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