倉木麻衣の記念すべきデビューシングル。1.も2.も当時宇多田ヒカルの登場によってブレイクしていた「R&B=リズム・アンド・ブルース」色が濃い楽曲。そのプロモーション・ビデオの演出が宇多田のそれに類似していたせいもあって「モノマネ」の汚名を着せられたこともあるが,これは本人の音楽性とはまったく無関係な迷惑な話。この曲自体が,他のものと何の比較の必要もなく,非常にしっかりとしたR&Bナンバーである。
歌詞は簡単な英語交じりで歌われるが,
「(今日や明日は無理でも)あさってにはあなたに愛されたい」
という女子高生の「等身大」(この言葉は倉木の詞を語るときのキーワードともなった)の恋愛感情を歌った佳曲。複雑なメロディを持ち,難曲であるが,倉木はゆうゆうと歌いこなしている。ただ,曲調にしては声が幼く,今聞くと多少の不安定感を感じてしまう。
Don't ask me why.
は一般によく使われる表現であるが,
"You are the first thing on my mind."
というのはちょっと気になる表現。"the first one"の方が適当か?
実際にアメリカ盤「Secret of my heart」では
"You're the one on my mind."
と言い換えられている。
"I can't see the world, walking through."
は,「世の中が見えず,歩き彷徨う」くらいの意味か?やや分かりにくい。
この部分もアメリカ盤では
"walking through"→"without you"
と直されているので,やはり英語の表現としては問題があったのだろう。このあたりは英語詞の作成能力にまだまだ未熟さが見られるのだが,それは逆にこの曲を本当に倉木が自分で作詞したことの証明にもなるだろう。
曲は「降り出した雨…」からの第3のメロディを持ち,聴く者の耳をつなぎとめ,ライブでは延々と続くコーダの第4メロディは聴く者に至福の時間を与える。デビュー曲にして,大変な風格を持っている。ミリオンヒットになったのもうなずける。
この曲は,これからずっと倉木にヒット曲の数々をもたらす大野愛果の作品である。大野のソロアルバム「Shadow of Dreams」にも英語詞(Mai-K US盤「Secret of my heart」とは異なった英語詞)で,大野自身の歌唱で収録されているが,一聴して気づくのは大野と倉木の声質の類似である。キーもほぼ同じか。いろいろなファンの意見を見ると「大野こそ最高の倉木の作曲者だ」というものが目に付くが,そこにはこのような両者の類似が関係しているのかもしれない。
2.はノリのいいR&Bナンバー。倉木としては珍しく"right"と"night"で韻を踏んでいる。また,男性を「あなた」と呼んでいるが,こういうときの倉木は突然古風な弱い女になり,泣き虫になるようだ。しかし,1.に比べて妙に楽天的なことは救いか。
単純な曲調ではあるが,実は歌詞は大変に難解。特に英語詞は複雑怪奇。基本的には倉木の敬愛するバックストリート・ボーイズのヒット曲「Get Down (You're The One For Me)」を下敷きにしていると思われるが,
Everything's gonna be all right lf you wanna get down tonight
I could change the world that move the mountain for you
この部分は行ごとに意味があるとすれば,最初の行は
「あなたが今夜来てくれるのなら すべてうまく行く」
となるが,2行目は文法が不安定になる。"that"が"world"を先行詞とする関係代名詞であるようなので,"move"は"moves"になるはず。その場合に意味は,
「私はあなたのために山を動かす世界を変えることができるのに」(仮定法過去)
となるが,これは意味不明。
ならばこう捉えることができるのではないだろうか。
"Everything's gonna be all right."
"lf you wanna get down tonight, I could change the world that (and) move the mountain for you."
こう捉えるなら,意味としては
「すべてうまく行くよ」
「今夜あなたが来てくれるのなら,私は世界を変えてもいいし,山だって動かしてみせる」
となり,自然な意味になる。"that"は意味なくつぶやいただけの「音声」とであったと考えればつじつまは合う。
No matter what you say No matter what you do
Things are always gonna be the same
「何を言っても何をしても 結局どうにもならない」
という表現はいつもの倉木らしくないが,二人称代名詞に「あなた」を選んだときにはありうるか。
以下の表現はいつもの倉木らしい仰々しさ。"life"を「人生」という重い意味に使う。
Without you ln my life I just cry
注目すべきはこの曲はあまり高音部を使わず,おそらく倉木が出せる最低音部を多用したボーカルアレンジになっていること。「七色の声」倉木麻衣の面目躍如である。