「名探偵コナン」書き下ろしイラスト絵柄裏ジャケット仕様
「growing of my heart」
大学を卒業し,シングルラッシュであった2005年の最後を締めくくることになったこの曲。久しぶりの「名探偵コナン」の主題歌ということで期待も大きかったが,倉木はその期待によく応えてくれた。
思えば今年になってからのシングルにはどこか欲求不満が付きまとった。
「Love,needing」はセクシーな女性としての魅力を前面に押し出した,正統派R&Bの佳曲ではあったが,
“but, but…”
の音感が一種の“下品さ”をかもし出し,唐突に始まるラップが全体の流れに違和感を与え,倉木本来のエンジェル・ボイスを生かしきれていなかった。
「ダンシング」は,発表前には作曲者が徳永暁人ということもあり,「Stand up」や「Feel fine!」のようなシンプルかつストレートなロックナンバーを想像していたが,実際には変拍子を下地にした「メロディの無い」曲であった。サッカーチームの応援歌やライブのオープニングにはいいのだが,ひとつの楽曲として倉木の魅力を最大限引き出してくれることは無かった。
「P.S MY SUNSHINE」は明らかにメロディが弱かった。さびがさびになっておらず,聴いていて心地よさを感じるよりは,そのメロディは違うだろう…,そのコードはおかしいだろう…ということばかり気になって,心から歌唱を楽しむことができなかった。売り上げも初動3万枚を割り込み,チャート順位も8位どまりであった。
倉木サイドもさすがにこれには危機感を持ったようだ。大野愛果+名探偵コナンという“ヒットの方程式”を用意し,起死回生を図った。
モーツァルトの曲は音符の配置が完璧で,すべての音符が“これ以外に無い”という場所におかれているといわれるが,私はこの"Growing of my heart"を聴いてそんなことを思い出した。
さすがに倉木とモーツァルトを比較するのは不遜のそしりを免れないが,音楽の使命が“聴く者の心をここちよくさせる”ということであるという原点に立ち返れば,この曲はその責務をよく果たしている。
いきなりさびから始まるダイナミズムはビートルズの「She Loves You」を思い出させ,オーディエンスに対して最初から快感の一撃を食らわせる。メロディは単純な繰り返しが多いが,聴くものが願ったとおりの展開を見せ,意外性には乏しいものの,安心して気持ちよく最後まで聴くことができる。初動売り上げが「P.S MY SUNSHINE」よりも約1万枚多かったということがそのことを何よりも雄弁に物語っている。
しかし,歌詞は難解。タイトルが「Secret of my heart」を思い出させ,同じく「名探偵コナン」の主題歌であることから,この曲のアンサーソング的なものを予想したが,そうではなさそうだ。
主人公「僕」は男性。どうやら尊敬する気高い女性の「君」に対して強い愛情を持ち,その愛情をバネとして自らの心が成長していくという心象風景を歌ったもののようだ。「峠を越える」という言葉がひとつのキーワードになっているが,これも実際の情景というわけではないだろう。
“苦労して峠を越えると,その向こうには広く新しい大地を見渡すことができ,朝の太陽に照らされたその新世界には君との新しい人生が待っている”
というきわめて“映画的”な心象風景を見て取ることができる。しかし,抽象的な内容で,一般の人々にとっては言葉を単なる“音”としてしか楽しむことができないかもしれない。最近のヒット曲には歌詞の内容をきちんと聞かせようというものが多いため,このタイプの曲は実は時代の要請にはマッチしていないのかもしれない。しかし,全体を通して「気高く尊い」ピュアリティを感じることができるのは,この曲の主人公があたかも西欧中世騎士のいでたちで,自らのプラトニックに愛するマドンナを守り抜こうというシーンを想像させるからではないだろうか。
そこでもうひとつのキーワードとなるのが,
"I can find out my life."
倉木が使う“life”の意味については別のところで詳述したが,ここでは,
“自分は君の前ではまだまだちっぽけな存在であるかもしれないが,今君を愛することで成長することができ,これから自分が進んでいくべき人生の道筋が見えてきた”
という荘厳な意味で使われているようだ。
ジャケットの写真は大人っぽさを強調した“きれい系”。男性ファンにはたまらない写真だろう。