ONE LIFE

  1. Born to be Free

     さて,「都会の喧騒の中の孤独」というこのアルバムの通奏低音は,突如としてこの騒々しいサッカーのテーマソングでかき消されてしまう。

     公式発売こそされていなかったが,すでにサッカーA3戦のテーマソングとして2007年中に公表されていたこの曲は,このアルバムの中では「準シングル曲」扱いされているといってもいい。しかし,私はこの曲を敢えてこのアルバムに収録した意図がよく分からない。せっかくの“クールで都会的なムード”は,この曲の,耳に付くホイッスルの音で壊されてしまい,あとには場違いなけだるさだけが残る。精神的な疲労ではなく,肉体的な疲労。この曲の挿入のせいで,アルバムのコンセプトは霧散してしまった。

     歌詞はいわゆる「テーマソング」。それ以上でもそれ以下でもなく,Mainglishにもいつもの切れがなく中国製の廉価Tシャツの胸に書いてあるような文句。いつもなら冴え渡る徳永のDメロディも,この曲では場をしらけさせてしまう。A3のテーマソングのために急ごしらえであわてて作ったと言う印象。「Simply Wonderful」の例もあるのだから,この曲もやがてリリースされるであろう次のベストアルバムにとって置けばよかったのにと思ってしまう。ひょっとして,「MOTTAINAI」と言うことだったのだろうか?

  2. 白い雪

    シングル紹介のページ  

     さらにアルバムコンセプトを混沌とさせるのがこの曲の存在。この曲はシングルとしてはファンの間でも結構人気が高かった曲で,それ自体は悪い曲ではない。しかし,このアルバムの中には置いてほしくなかった。

     何度も言うが,このアルバムのコンセプトは,私の感覚では「都会の喧騒の中の孤独」。そこに見え隠れするのはニューヨークの摩天楼と通り過ぎるイエローキャブ・・・。

     ところが「白い雪」の舞台は,“家族の笑いが聞こえる公園通り”。マンハッタンではなく,さしずめ江東区か。いきなりシーンは現実の匂いが立ち込め,あのジャズクラブにいたクールなレディは,突然都立高校の女子高生になってしまった。

     

  3. Silent love〜open my heart〜

    シングル紹介のページ  

    この「Silent love」は最近の倉木の曲の中では間違いなく高い評価を得られる曲である。舞台もマンハッタンから郊外の豪邸へ移ったと言う程度で,それほど雰囲気を壊すわけではない。しかし,やはりここに置いてほしくはなかった。

     この曲と一つ前の「白い雪」は曲調もよく似ており,季節感もほぼ同じ。ところがこの2曲をこうやって並べると2つの意味で不協和音が鳴り響く。

     ひとつは「質」の問題。

     私は「Silent love」は倉木の代表曲のひとつになりうる佳曲だと思っているが,「白い雪」にはあまり高い評価を与えていない。ところが似通った2曲をこういう具合に並べると,その差異が際立ってしまい,「白い雪」が実際以上に貧相に見えてしまうのだ。使うなとは言わないが,まさにMOTTAINAI使い方であると言わざるを得ない。

     もうひとつは季節感の問題。

     この2つの「冬歌」を並べることによって,このアルバムの季節感が大きく「冬」へと引っ張られてしまう。そのため,「冬のアルバム」というニュアンスが強力に生まれてくるわけであるが,他の曲はそれほど季節感があるわけでもなく,逆に「Born to be free」からは汗が飛び散ってきそう。プロデュース・ミスと思えてならない。

  4. everything

     

    舞台はようやく夜のニューヨークに戻ってきた。

     藤本貴則のペンになる曲であるが,まるで往年の大野愛果の作品のように起伏の激しいメロディ。

     さて,ジャズクラブに陣取った彼女の心は,この曲の旋律のように激しく上下する。どうやら二人の諍いの原因は,彼女が恋よりも仕事?に夢中になりすぎて,二人の関係を後回しにしてしまったことのようだ。失いそうな恋に苦しみながらも,気丈な彼女は,二人の間に横たわる大きな川を“また君と蘇らせるためになら 今越えてみる”と力強く宣言する。

  5. Season of love

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    ここまで読んでこられた皆さんは,私がきっと「このアルバムには絶対に先行シングル曲は入れてはならなかった」と憤慨していると思われるかもしれない。しかし,それは正しくない。私は決して「先行シングル曲」「後発アルバム」に収録することをすべて否定しているわけではない。この「Season of love」がいい例である。

     この曲もアルバム発売から言うと1年近くも前に発表された曲で,その点アルバム収録には難しさもあったと思うが,そんなの関係ない!「season of love」は見事に「都会の喧騒の中の孤独」を語ってくれるのだ。

     もともと,1960-70年代の洋楽はシングルとアルバムが別のものとして作られていて,お互いに過干渉することはなかった。しかし,たとえば60年代後半のThe Beatlesに代表されるように,時にはシングルとアルバムが有機的に結合することもあった。すなわち,アーティストは同時期の一連のセッションの中でシングル向きの曲を“アルバムの予告編”として先行発売し,その後統一的な雰囲気を持ったアルバムを発表すると言うことがよくあった。例を挙げれば「Eleanor Rigby/Yellow Submarine」→「Revolver」「Penny Lane/Strawberryfields Forever」→「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」といった具合にである。

     私は「Season of love」「ONE LIFE」は,この関係に似ていると思ってならない。ここにはプロデューサーのセンスを感じる。

  6. secret roses

     酔いが回ってきたのだろうか,あの女性の意識も少々朦朧としてきたようだ。彼女の頭の中には,かつて恋人と激しく愛し合った日々が走馬灯のように駆け巡る。夢の中なら“誰にも邪魔されず 密かに君を抱く”ことができる。“抱かれる”のではない。“抱く”のだ!この“強さ”は倉木としては非常に珍しい“ヤバいくらいに”という卑語の使用にもつながる。ここにあるのは,能動的に愛を語ることができる新しい世代の女性の姿。「麻衣をもっと」へのコメントに,この曲を“まるでうぶな娘だと思ってキスしたら いきなり舌を入れてこられたような・・・”と表現してくださった方がいたが,このあたりからジャズバーで夢想するあの女性の姿が,倉木麻衣の姿と重なってきた。

     しかし,このデジャヴにもやがて終わりが来る。すべては夢の中。この現実の世界では彼は遠い人になってしまった。

     そしてまた彼女は“遠く響く声と トワイライトの影が 夢と現実さえ 曖昧にする”ニュー・ヨークの街にいる。もうステージの歌も彼女の耳には届いてはいないだろう。彼女の心が夢の中に沈んでゆく・・・。

 


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