“笠原智緒・Yoko Blaqstone”という名前を聞いて懐かしさを感じてしまうのは私も結構古いファンになった証拠か。この二人の作者の組み合わせには「Baby Tonight~You&Me~」があるが,時としてマニアックなR&Bに走りがちなYoko Blaqstoneの黒っぽさを笠原智緒の通俗性がうまく取り込んで,あたかもLennon-McCartneyのコンビのようなスリリングな心地よさをかもし出している。
特筆すべきは,ここでも縦横無尽に発揮される倉木の卓越した歌唱力。もはや“アイドル・シンガー”という言葉を使うべくもない。あまりにも心地よく歌い上げる倉木は,きっとこの夜あのジャズバーのステージに最後のシンガーとして立っていたのであろうか。
曲調は「夜空ノムコヲ」を思い出させるが,ジャズバーで来ることのない彼を待っていたあの女性は,待ちくたびれてうたた寝を始め,そろそろ夜明けが近づいてきたようだ。
「ONE LIFE」という物憂げな夜が終わろうとしている・・・。
この曲もややここにいるのは居心地が悪い。しかし,それほどつらくは感じないのが同じ“元気よさ”ではあってもラテン系の「Born to be free」の汗臭さとは違って,こちらはアングロ・サクソン的乾燥した情熱を感じるからであろうか。それはすなわち,バルセロナのサッカースタジアムと,ニューヨークのヤンキースタジアムとの空気感の違いなのかもしれない。
ともあれ,どうやら夜が明けて,都会の喧騒が戻ってきたようだ。
とうとう来なかった恋人をあきらめて,外へ出てきたあの女性を待っていたものは・・・。
おそらく夜のうちに雨が降ったのだろうか,濡れた舗道を二~三歩歩みだした彼女。そのとき彼女の頬にさっと日の光が差してきた。まぶしそうに空を見上げた彼女の瞳に映ったものは・・・。摩天楼の間に見事にかかった虹の橋。
件の女性は,一夜を無駄にしてしまった自分の愚かさを恥らうかのようにちょっと肩をすくめてみせると,何事もなかったように都会の喧騒の中に消えていく。
そして,タイトルロールとともに流れるのは「Over The Rainbow」・・・。
このあまりにも有名なスタンダードナンバーは,またあまりにも心地よく,この「ONE LIFE」という一夜の物語を締めくくってくれる。
最近の倉木の“不調”(そういって悪ければ,客観的な“売り上げの減少”)の原因は,多くは提供される楽曲の質にあるという意見は決して的外れなことでないだろう。その意味から言えば,賛否両論があるのは当然だが,良質なスタンダードナンバーを歌うからこそ,倉木の成長著しい歌唱力が生きてくる。この原稿を書いているとき,倉木がカーペンターズの往年の大ヒット曲「Top of The World」をカバーし,CM曲として幅広く聞かれることになるというニュースが飛び込んできたが,この「Over The Rainbow」の出来を見る限り,その次回作も非常に楽しみである。
さて,「ONE LIFE」という夜が終わった。ここまで読んできていただいた方には,きっと私が最初に“このアルバムへのシングル曲の収録は失敗であった”と言った理由がお分かりになったと思う。もちろんこれは私の個人的な感想であり,このアルバムを聞く多くの方々のセンスを左右するものではない。聴く者一人ひとりに,一人ひとりの“LIFE”があるはずだ。ただ,J-POPのアルバム制作現場に,この強い違和感を伝えてペンを置くことにしよう。