ところで,人間がもう一度,激しく成長する時期がある。それが,いわゆる"思春期"の時期だ。女子では小学校高学年ころから,男子ではやや遅れて中学生になるころから,再び身長や体重の急激な伸びが見られ始める。そして,実はここでも先程の「"成長期"は生命にとって危険な時期」であるという大原則が適応されるのだ。(実際,自動車の任意保険の保険料に関しては26歳を境に安くなる。これは統計上青年の交通事故が,それ以上の年齢の人間に比べて明らかに多いという証拠であろう。)ここには二つの意味がある。ひとつは,前述の通り,成長期にはさまざまな病気に冒されやすく事故に遭いやすい,ということである。しかし,ここには人間としてもうひとつ重要な意味がある。

 我々は生まれてくると同時に,その目に見える外性器の形態から男であり女であるということが分かる。これを「第一次性徴」という。ところが,子供のころは外性器の形以外男女の間にはほとんど差はない。男の子でもちょっとかわいい服装をさせれば女の子に見えるし,女の子でも髪の毛を短く切れば男の子に見える。ところが"思春期"になるとそうはいかなくなる。身長・体重が増加すると同時に,男子は声変わりし体毛が発生し,それまで形だけの存在であった精巣は精子を作り始め,夢精やマスターベーションの形で精通を見るようになる。そして,異性に対する興味関心が急激に昂まり,その性欲は自分自身でも制御不能となることさえある。女子の場合も,乳房や腰部の発達・性毛の発生など体型の変化とともに,卵巣の成長によって初潮を迎えるようになる。そして,男子に比べれば穏やかな形ではあるが,異性への関心が増し恋愛への憧れを抱くようになってくる。

 この,ただ外性器(内性器)の形によって知られる男女差だけでなく,それが実際に機能するようになり,どこから見ても男であり女であるようになった状態を「第二次性徴」と呼ぶ。ところが,やはりこの「第二次成長」「第二次性徴」の時期は,人間にとって危機の時期となるのである。18世紀のフランスの思想家ジャン=ジャック=ルソーは,その著書『エミール』の中でその危機のときを"第二の誕生"という言葉で呼び,その特徴を次のように述べている。

 「私たちは,いわば二回この世に生まれる。一回目は存在するために,二回目は生きるために。はじめは人間に生まれ,次は男性か女性に生まれる。」

 「…この危機の時代は,かなり短いとはいえ,長く将来に影響を及ぼす。暴風雨に先立って早くから海が荒れ騒ぐように,この危険な変化は,現れはじめた情念のつぶやきによって予告される。」

 「目は,この魂の器官は,これまでに何も語らなかったが,ある言語と表情をもつことになる。燃えはじめた情熱が目に生気をあたえ,いきいきとしたそのまなざしにはまだ清らかな純真さが感じられるが,そこにはもう昔のようにぼんやりしたところがない。目が口以上にものを言うことをかれはもう知っているのだ。」

 「かれは目をふせたり,顔を赤らめたりすることができるようになる。何を感じているのかまだ分からないのに,それに感じやすくなる。理由もないのに落ち着かない気持ちになる。」

(中略)

 「これが私のいう第二の誕生である。ここで人間は本当に人生に生まれてきて,人間的ななにものも彼にとって無縁のものでなくなる。 」

 この思春期の若者の特徴は,自分で自分のことを発展途上であると認識し,成長のために努力をしようとするところにある。その努力する姿こそが,"若さのエネルギー"に満ちた姿ということができるだろう。そこには,「ここに,発展途上にある"自分"というものが存在することは分かっているけれども,その"自分"がどんなものなのか,その"自分"がどんなものになるのかは,まだ自分でも分からない」という悩める青年の姿がある。

 しかし,赤ん坊や小学校低学年までの児童には,それはまだない。彼らは何も考えることなく,毎日を楽しく過ごしているだけなのである。

 ところが,人はいつのころからか,ここに他人とは違う,唯一無比の"自分"というものが存在していることを知る。これを"自我"(エゴ,ego)と呼ぼう。ところが,その"自我"は,いまだ成長の途上にあり,自分自身でさえ,自分がこれからどういう方向へ進んでゆくのか見当もつかない。一体自分はどんなヤツなのだろう?自分は将来何になるのだろう。それを考えるととても不安になる。だからこそ,腹も立ち悩みもする。"自我"の存在には気がついたけれど,まだ"自分は一体何者なのだろう""自分は将来どうなるのだろう""自分はこれからどういう人生を歩んでゆけばいいのだろう"ということは分からない。そういうことがすべて分かった状態を"アイデンティティ(identity)を確立した状態というが,青年期にある人間には,それがまだ分からない。だからこそ,若者は悩み苦しむのだ。


■次を読む

indexに戻る