1.は倉木による「人生応援歌」の定番中の定番。ここからは
「やれるだけのことをやろう 結果はあとからついてくる 人事を尽くして天命を待て」
といういかにも倉木らしいポジティブなメッセージが読み取れる。 ただ,
「君と出会うまで」思ったとおりにやってみよう
−というときの「君」とはいったい誰を指しているのだろうか?「本当の人生のパートナー(恋人)」と出会うまでと捉えることも不可能ではないが,そうするとこの曲は矮小化されてしまい普遍的な輝きを失ってしまう。そうすればここの「君」とは自分を高みに導いてくれる絶対的な「神」のような存在のことか?
ただ,そこまで深読みせずとももう少しシンプルに別の解釈も可能である。それは,この詞は「歌」としては
「思ったとおりにやってみよう 君と出会うまで」
でいったん途切れ,続いて
「何もなかったけれど 目を閉じて思う 一緒に生きる場所があるから」
と歌われる。しかし,倉木は歌詞の意味が音楽のフレーズを飛び越えて次のパッセージへ連続してゆくことはよくあるので,ここは
「やれること思ったとおりにやってみよう」
「君と出会うまで何もなかったけれど」
と,「恋人」であれ「親友」であれ,一生懸命がんばっていれば,自分の生き方を肯定してくれるような大切な存在に出会えるんだよ…ということを示しているのか。こちらの方が腑に落ちる解釈となる。
ともあれこの曲は倉木が好きだというビートルズの「レット・イット・ビー」と同じメッセージを発しているので,彼女の中にこのビートルズの名曲があったのかもしれない。
中央ブリッジの「第3メロディ」部分を訳すれば次のようになる。
「勝つこともあれば 負けることもあるさ でもそんなことは問題じゃない」
「間違うこともあるけど むやみにやってるわけじゃない」
「チャンスを逃すな」
「君が君らしくあることはすばらしい 人生は時として美しいものだから」
この人生肯定的なすばらしい一曲は,やがて倉木麻衣という一アーティストの手を離れて永遠のスタンダードナンバーになっていくであろう。
2.は今までの倉木と少し趣を異にしている。男性を「あなた」と呼ぶときの倉木は,たいてい「泣き虫の弱い女」であったのだが,ここでは,悩みぬいた挙句,やはり愛を貫き通そうという芯の強い女性の姿が見える。
ただ,あわてて作ったのか,英語詞にはここでも荒っぽさが見える。
"My feelings for you is true."
では,"feeling"という単語は「数えられない名詞」なので,通常は複数形を取らず,対応するbe動詞も"is"でいい。それがここではわざわざ"feelings"となっているので,「心の中のさまざまな感情」という意味を持たせているのだと思うが,敢えて複数形を使ったのであれば動詞も"are"にすべきではなかったのだろうか?
また,最後の部分は
「朝が来るまであなたの愛を感じていたい 夜も昼も甘い夢見ていたい 一緒にあなたのしたいこと何でもすればいい」
危険である…。
Special thanks to Mr.J.P. from (Mai-K ML)