1.は2003年の紅白歌合戦でも歌われたので,現時点での倉木の「代表作」ということができるのだろう。しかし,曲の内容は他の曲に見られる「自立した女性」の世界ではなく,
「あなたのために がんばってみる」
どちらかといえば古風な弱い女性の姿を歌っている。これは倉木が男性を「君」と呼ばず「あなた」と呼んだときの特徴。ただ,それでも完全に演歌の世界にならないのは,松田聖子なら
"I will follow you." (あなたについて行く) 「赤いスイトピー」
というところを
"I'll walk with you." (あなたと一緒に歩いて行く)
と歌っているところ。ここで倉木はぎりぎり「現代女性」の姿を保つ。
曲の構成自体は単純なのだが,歌い方は複雑。与えられたメロディに強引に歌詞を押し込んだようなところがある。ブレスも,歌詞の意味の区切れと全く関係なく挿入される。ビートルズのジョージ=ハリスンにこのタイプの曲が多いが,一歩踏み外すと気持ち悪く聞こえてしまうが,倉木はそこを上手に処理していて,「どこで切れるの?」というスリルを聴く者に与えながら,印象的なナンバーに仕立て上げている。
2."Love, Day..."の系譜のR&Bナンバー。北浦正尚の曲はこの曲と"「Everything's All Right」の2曲だけ。なかなかいい曲を提供するコンポーザーだけに今後に期待する。
曲調は単純なメロディを重ねていくタイプで,曲そのものよりも歌唱力で聞かせなければいけない種類の曲。歌詞は設定が分かりにくいが,主人公の「僕」は男性で「友人(ひょっとしたら元彼女)」の女性の別の男性との失恋の相談に乗りながら,実は彼女に対する思いを募らせていく…。ということか。英語詞も内容が分かりにくいところがあるが,タイトルの"Just like you smile baby"はもし
"just like you, smiling baby"
なら「君らしく 昔の笑顔に戻ろうよ」というような意味になり,こちらの方が話の流れからすると適当に思われるのだが,歌われているとおりなら
"Just like you"+"smile baby"
で,「ほら,君らしく笑ってごらん」ということか。難解。
ちなみに,この曲がなぜ2003年の紅白歌合戦で「倉木麻衣の代表作」として歌われることになったのかという理由を分析してみる。
倉木がそれまでNHKからの幾度もの紅白出演要請を固辞し続けてきたことはよく知られている。受験で忙しいとかいう理由もあったようだが,本質的には倉木から「秘密のベール」をはずして「お茶の間のアイドル」にしたくないGIZA=Beingの戦略であったのだろう。それが,なぜ今年は出演することになったのか?
10月に京都中の大学が参加して行われた大学園祭「京都学生祭典」において,倉木は実行委員に名前を連ねるとともに,平安神宮において記念ライブを敢行した。そして,NHKはそれをBSで2回,地上波で1回と3度も放映し(BS-2再放送とと地上波は2004年になってから)倉木側と太いパイプを築いた。さらに,紅白の翌日2004年1月1日には初のベストアルバム「Wish You The Best」の発売が控えている。ここに至ってGIZA=Being側が,紅白をこのアルバムの絶好のPR媒体としたいと考えることは想像に難くない。ということは…。
下馬評では山口百恵リバイバルブームを受けて,その年の大ヒットとなった「イミテーション・ゴールド」が歌われるのではないかといわれていた。しかし,上記の理由からこの選択はありえない。なぜならこの曲は「倉木の曲」ではなく,B'zの松本孝弘のソロ作品であり,当然のことながら「Wish You The Best」には収録されていないため,アルバムのPR効果は期待できない。
それでは,ほかの曲はどうかというと,これも"Secret of my heart","always"等多くの曲が下馬評に挙がっていた。しかし,その多くは「ありえない」ことであった。
NHK(日本放送協会)は「公共放送」である。そのため,営利企業とかかわりがあるものを取り上げることに関しては非常に神経質である。現在はかつてほど厳しくはなくなったが,以前は野球チームも決して「阪神」という「企業名」を使うことなく,必ず「タイガース」というチーム名を使っていた。また,音楽に関しても,放映中の民放テレビ番組の主題歌は放送することができなかったし,もちろんCMソングなどとんでもない。さらには山口百恵の「プレイバック Part2」の歌詞,
「緑の中を駆け抜ける真っ赤なポルシェ」
は
「緑の中を駆け抜ける真っ赤な車」
と冗談のように歌詞を直して歌わされ,かぐや姫の名曲「神田川」の「24色のクレパス…」のくだりも,「クレパス」がさくらペンテルの商標であるという理由から「24色のクレヨン…」と直させられた。もちろんNHKにはこの体質がいまだ残っている。ということで,選曲対象となる「Wish You The Best」収録曲を見てみよう。そこには意外なほど「タイアップ曲」が多いことが分かる。「Stand Up」「Feel fine!」や「kiss」はCM曲なので,明らかに対象外。その他問題になるのが民放(日本テレビ)の息がかかった曲。すなわち「名探偵コナン」関係の曲である。他になければ現在放映中でなければOKだったのだろうが,やはり避けたいところ。そうして考えていくと,京都からの中継ということで熱望された「Time after time」も不可。同様の理由で,「Secret of my heart」,「always」,「Winter Bells」,「風のららら」も避けたいところ。さらに「Like a star in the night」もテレビ朝日がらみ。残る曲は限られてくる。さらにやはり紅白では誰でも知っている「代表作」を歌いたい。そうすると,シングル化されていない「Delicious Way」と「Tonight, I feel close to you」は選べない。してみると,最終候補に挙がってくることができるのは,実は「Love, Day After Tomorrow」,「Stay by my side」,「NEVER GONNA GIVE YOU UP」,「Simply Wonderful」,「Reach for the sky」,「冷たい海」の6曲のみなのである。では,この中ならどれを選ぶか?
この曲すべてを「倉木麻衣2003年紅白特別メドレー」という形で処理する方法もあったろう。アルバムのキャンペーンだけならそれもありかもしれないが,紅白当日倉木に与えられた時間は意外なほど短かった。とてもメドレーを処理できるような余裕はない。では,やはりこの中から一曲を選ばざるを得ない。
次に考えるべき事情は,倉木の出演がNHKホールではなく「京都の国宝寺院」からの中継であったということ。大晦日-除夜の鐘が聞こえてきそうな荘厳なムード…ここではやはり「Love, Day After Tomorrow」や「NEVER GONNA GIVE YOU UP」,「Simply Wonderful」はそのムードにあわない。「冷たい海」は暗すぎるし「倉木麻衣の代表作」と呼ぶことには抵抗がある。で,私は結論付ける。おそらく最後まで残って,どちらにするか大論争となったのが「Stay by my side」と「Reach for the sky」の2曲であったのではないか?そして,NHK側はNHK朝のテレビ小説の主題歌であった「Reach for the sky」を推し,倉木側は「Wish You The Best」販促対策として,相対的に大ヒット曲でキャッチーなメロディを持つ「Stay by my side」を主張したのではないか。そして,ヒット性,国宝寺院とのマッチングという点を考慮して,最終的に「Stay by my side」が選ばれた。私はこう考える。